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神戸地方裁判所明石支部 昭和59年(ワ)191号 判決

主文

一  被告は原告に対し、金一一八万一六二八円と、内金三二万二九二五円に対する昭和五九年一一月一四日から、内金八五万八七〇三円に対する昭和六〇年一二月一七日から各支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三二四万四五七九円と、内金一一万一四二三円に対する昭和五三年三月九日から支払いずみまで年五・三五パーセント、内金一〇万四四五三円に対する同年同月一五日から支払いずみまで年五・三五パーセント、内金二一七万円に対する同年八月一日から支払いずみまで年五パーセント、内金八五万八七〇三円に対する昭和六〇年一二月一七日から支払いずみまで年五パーセントの各割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は被告に対して左記の貯金債権を有している。

(一) 定期貯金債権

金額 金一一万一四二三円

貯金日 昭和五三年三月九日

期間 一か年

満期日 昭和五四年三月九日

利率 年五・三五パーセント

(以下、本件(一)の定期貯金という)

(二) 定期貯金債権

金額 金一〇万四四五三円

貯金日 昭和五三年三月一五日

期間 一か年

満期日 昭和五四年三月一五日

利率 年五・三五パーセント

(以下、本件(二)の定期貯金という)

(三) 普通貯金債権

金額 金二一七万円

最終預入れ日 昭和五三年五月三〇日

(以下、本件(三)の普通貯金という)

(四) 普通貯金債権

金額 金八五万八七〇三円

債権確定日 昭和六〇年八月三一日

(以下、本件(四)の普通貯金という)

2  原告は、本件(一)、(二)の定期貯金については満期後に支払いを求めた。

また、原告は本件(三)の普通貯金については昭和五三年七月末日までに支払いを求めた。すなわち、原告は、右の日までに、原告の加工品であるタコの買付先である林崎漁業協同組合(以下林崎漁協という)への代金支払いに充当するため、林崎漁協を通じて被告に預入れている本件貯金の払戻しを請求した。原告が右のような手続で請求したのは、林崎漁協への代金支払いのためであること、貯金通帳が漁協で印刷されたものが使用されていること、原告が被告の組合員であることから被告が便宜をはかってくれるものと考えたことによるものである。ところが、被告は、当時原告が被告が行っていた共同仕入れによる欠損金の組合員負担の方針に反対していたところから、林崎漁協を通じて払戻しを拒否した。貯金の払戻し請求は通帳と登録印をそなえて行うものであろうが、右の事情からみて、原告が林崎漁協を通じて行った請求は、正規の払戻し請求に準じるものである。

原告は、本件(四)の普通貯金については、昭和六〇年一二月一六日被告に送達された訴変更申立書により払戻しを請求した。

3  よって原告は被告に対し

(一) 本件(一)の定期貯金一一万一四二三円とこれに対する昭和五三年三月九日から支払いずみまで年五・三五パーセントの割合による利息(満期まで)及び利息相当損害金(満期後)

(二) 本件(二)の定期貯金一〇万四四五三円とこれに対する昭和五三年三月一五日から支払いずみまで右(一)同様の利息及び利息相当損害金

(三) 本件(三)の普通貯金二一七万円とこれに対する請求後の日である昭和五三年八月一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金

(四) 本件(四)の普通貯金八五万八七〇三円とこれに対する昭和六〇年一二月一七日から支払いずみまで右(三)と同率の割合による遅延損害金

の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は否認する。

昭和五三年七月頃、林崎漁協の担当者から被告に対し口頭でかつ預金の特定もなしに、同漁協が原告に対して売掛代金債権を有しており、その支払いのため貯金の払戻しをしてくれるかとの問い合わせがあった。これに対し被告は正規の払戻し手続があればいつでも応じる旨答えた事実があるが、その後払戻し請求を受けたことはない。

本件貯金については適法な払戻し手続による請求がない以上、被告には履行遅滞に基づく遅延損害金の支払義務はなく、なお、ちなみに定期貯金については、満期後払戻し請求がない場合にはこれを書換継続として取扱っているところ、その後に預金者から中途解約の申出があれば、書換継続後から中途解約までの利率は普通貯金の利率となる。

三  抗弁

1  原告はかねてより被告の組合員であったところ、原告は昭和五三年八月分以降の組合費月額二万円を不払いにし、被告は原告に対して右の月から昭和六一年七月分までの九六か月分の未払組合費として金一九二万円の債権を有する。

2  被告は原告に対し、原告からの委託に基づく残さいの収集料請求債権として昭和五三年八月から昭和五四年五月までの一〇か月分、一か月金一万五〇〇〇円、但し昭和五四年五月分は一万九五〇〇円の割合による合計金一五万四五〇〇円の債権を有する。

3  被告は、昭和六一年八月一一日の本件口頭弁論期日に、右1及び2の合計金二〇七万四五〇〇円の債権と原告の本訴請求債権とを対当額で相殺する旨意思表示をした。

四  抗弁い対する認否

1  抗弁1の事実は、原告が被告の組合員であったこと、原告が昭和五三年八月分以降の組合費を払っていないことを認め、その余は否認する。

2  同2及び3の事実は否認する。

五  再抗弁

1  原告は、昭和四九年一一月以前に、当時の被告の役員及び明石市の担当者から「昭和五二年に新たに加工の為の団地が完成する。そうなれば、従前の加工場での操業が禁止される。新たに加工団地で操業するためには被告の組合に加入していなければ資格が与えられない。ついては原告も組合に加入されたい」と勧誘された。原告は現在もそうであるが当時も扱う魚種はほとんどタコであり、既にタコを扱う他の業者と組合を作っていて、これに対し被告の組合員のほとんどはサンマを扱っていたのであったが、前記のとおり被告から昭和五二年以降は従前の加工場では操業できないと説得されて、止むなく被告に加入したものである。ちなみに、被告に加入した時期は原告が最後であった。ところが、昭和五二年どころか現在に至っても右の加工団地は完成しておらず、その計画は頓挫している。かえって被告の一部役員等が団地の予定地付近に新たに加工場等を建築して利益を得ているという情況にある。

2  ところで、昭和五三年五月二七日の被告の通常総会において、被告が希望組合員のために行っていたサンマ等の共同購入によって生じた欠損金につき、これを組合員全員に一率に負担させる旨の議案が出された。右議案に対して原告代表者の妻谷岡みねが組合員代理の資格で出席して、その不合理性を発言したところ、組合の監事であった高浜義明から、「文句を言うなら除名してしまえ」と暴言を吐かれた。

3  そして、同年七月には、前記のとおり原告は林崎漁協を通じて同漁協に対する債務の支払いのため被告に本件貯金の払戻しを請求したが、被告はこれを拒否した。

4  被告は、原告に無断で昭和五四年六月から残さい処理義務を果さなくなった。

5  以上のとおり、原告が被告に加入したのは昭和五二年以降従前の加工場では操業できなくなるとの勧誘があったこと、それにもかかわらずその加工団地計画は頓挫していること、その計画予定地に被告組合役員の一部が新たに加工場などを建築していること、昭和五三年五月の被告組合総会において議案の不合理性を発言した際、監事の高浜義明から除名しろと誹謗されたが役員らはこれに適切に対応しなかったこと、残さい処理は被告の方からその作業を中止したこと、さらに預金の払戻し請求を拒否したこと、これらの諸事情を総合すれば、原告は、預金払戻し請求が拒否された昭和五三年七月から、または原告が組合費の支払いを拒否した昭和五三年八月から、もしくは残さい処理を拒否された昭和五四年六月から、実質的に被告から除名されもしくは被告組合を脱退しているものであり、これより後は組合費の支払義務はない。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は否認する。原告を含む一三名の者が加工団地に対する思惑から被告の組合員として加入したのは昭和四九年一〇月頃であり、なるほどその後加工団地の件が進捗していないが、これを理由に脱退したものは一名もない。

2  同2の事実は、被告が組合の通常総会において、サンマ等の共同購入によって生じた欠損金につき組合員負担の議案を提出したことは認めるが、その余は知らない。仮に、高浜が原告代表者の妻に「除名してしまえ」と罵声をあびせ、被告の組合役員がこれを制止しなかった事情があったとしても、これは原告の組合費支払義務と無関係な事柄である。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の事実は、被告が昭和五四年六月以降原告に対する残さい処理を行わなくなったことは認める。しかし、これは昭和五四年五月二八日の通常総会に出席した原告代表者が被告の欠損金処理に対して反対意見を述べ、席上「残さいは今後自分で処理する」旨発言したので、被告はその意見を尊重して同年六月以降原告の残さい収集を行わなくなったもので、被告が一方的に打切ったものではない。

5  同5の主張は争う。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、右の事実によれば、本件(一)の定期貯金の満期日(昭和五四年三月九日)までの元利金は金一一万七三八四円、本件(二)の定期貯金の満期日(同年同月一五日)までの元利金は金一一万〇〇四一円となる。

二  原告の主張する本件各預金についての遅延損害金発生原因としての原告から被告に対する支払い請求の事実について検討するに、原告が本件(一)、(二)の定期貯金につき満期後間もない頃にその払戻しを請求したことを肯認しうる証拠はなく、成立に争いのない甲第六、第七号証、乙第三号証によれば、原告は、昭和五三年七月下旬頃、当時林崎漁協に負担していた約二〇〇万円の魚類仕入れ代金について、被告に対して有する本件貯金をもってその支払いにあてる旨を同漁協の担当者に申出たこと、なお原告が直接被告に対して払戻し請求をなさなかったのは、当時被告に生じた魚類の共同仕入れ事業による欠損金の組合員一律負担に原告が反対し、被告と対立関係にあったことによるものであること、右の申出を受けた林崎漁協の担当者はその頃被告に対し原告の主張する貯金の存否、払戻しの可否について問い合わせ、これに対し被告の担当者は正規の払戻し請求があればこれに応じる旨返答したことのあったこと、しかし原告は結局預金証書ないし通帳、印鑑等を林崎漁協の担当者に交付して具体的に本件各預金の払戻し請求手続を依頼していないことが認められ、右の事情をもって原告が林崎漁協の担当者を通じて本件各貯金の払戻し請求を行い、これによって被告が履行遅滞に陥ったということはできず、右の時点で被告が組合員である原告の利益のために貯金払戻しに応ずべきであったとの原告の主張を採用することができない。

ところで、本件(一)ないし(三)の貯金の支払い請求を求める本件訴状が昭和五九年一一月一三日に、本件(四)の貯金の支払請求を求める訴変更申立書が昭和六〇年一二月一六日に被告に送達されたことは一件記録により明らかである。

三  そこで被告の抗弁について検討するに、原告が被告の組合員であったことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三号証(証人藤井正雄の証人調書)及びこれにより真正に成立したと認められる乙第二号証、証人藤井正雄の証言によれば、被告が組合員から徴収する組合費は一か月金二万円であり、原告は昭和五三年六月分から昭和六一年七月分までの組合費金一九二万円を未払いにしていること、また被告は組合員のために有償で各組合員の加工作業場から廃出される魚類等の残さいの収集処理にあたっていたところ、被告は原告に対し、昭和五三年八月分から昭和五四年五月分までの残さい収集料として金一五万四五〇〇円の債権を有することが認められる。

四  原告の除名または組合脱退の再抗弁について検討するに、成立に争いのない甲第六、第七号証、乙第三、第四号証、証人藤井正雄の証言及び本件弁論の全趣旨によれば、被告の組合員は主としてサンマ等の加工を行っていたのに対し、原告はタコの加工を主たる業とし冬場には一部サンマ等の加工をも行っていたものであるところ、昭和四九年頃に明石市から将来加工団地を創設する構想が発表され、そうなったときは従来の加工場で操業することが困難となるという思惑から原告は同年一〇月に被告の組合員になったもので、組合加入の時期としてはもっともおそい組合員の一人であったこと、ところで被告はかねてより組合員のために各組合員から購入希望数量を徴するなどしたうえ組合として魚類の共同仕入れを行い、これを各組合員に売渡す事業を行ってきたが、昭和五二年一〇月頃から一一月頃にかけて北海道、三陸方面で買付けた冷凍サンマ、福岡方面で買付けた冷凍アジの魚価がその後の魚類の獲れすぎで暴落し、そのため組合が仕入れた価額をもってしては各組合員が右の魚類の買取りに応じず、結局安値で処分せざるを得なくなり、組合としては右の共同仕入れ事業により大幅な欠損を生じたこと、その対策として昭和五三年五月開催の被告の通常総会において、右欠損金の補填のために各組合員からとりあえず特別賦課金として毎月八万円を徴収する旨の議案が役員会から提出され、同日の総会に原告代表者を代理して出席した同人の妻谷岡みねは、原告がタコの加工を主とする業者であり、かつ欠損の原因となった冷凍サンマについては事前に購入希望を組合に表明してもいなかったところから、欠損金の組合員一律負担に反対したが、役員の一人から「そんなことを言うなら除名してしまえ」という声が出たりして、結局右の議案は原告を除く出席者全員の賛成で可決され、月額八万円の特別賦課金は同年六月から徴収が開始されたこと、原告は右特別賦課金の徴収に応じず、同年八月から組合費の支払いをもやめたこと、なお、その間の同年七月末頃、前記のとおり原告は林崎漁協からの魚類仕入れ代金の支払いにあてるため同漁協の担当者に対して、被告に対して有する貯金をもってこれを返済する旨を申出て、そこで、同漁協の担当者は被告に原告の言う貯金の存否、払戻しの可否について問い合わせ、これに対し被告の担当者は正規の払戻し請求があればこれに応ずる旨の返答をしたことのあったこと、その後前記昭和五二年度の共同仕入れ事業の欠損金の額が最終的に金一億四四三〇万三二六九円であることが確定したのちの昭和五四年五月二六日開催の被告の通常総会では、役員から当時の組合員三一名のうち二名を除く二九名の組合員で右の欠損金を一組合員当たり金四九七万五九七五円で負担し、既に徴収を開始している日々の特別賦課金八万円をもってその支払いにあてていき、またその間の右共同仕入れ事業のために金融機関から借入れている借入金の金利一組合員当たり金一〇〇万九九七二円については、前記欠損金の穴埋め完了後に引続き金八万円の徴収を継続してこれを償却する旨の議案が提出され、これに対して同日の総会に出席した原告代表者は強く反対し、それなら組合を脱退する旨を口にし、また当時被告が組合員のために行っていた加工魚類の残さいの収集事業についても「残さいは収集して要らん」と応酬したが、右の議案はこれも原告を除く全員一致の賛成で可決されたこと、同日の総会での原告代表者の前記発言を受けた被告は同年六月から原告に対する残さいの収集業務を停止したこと、ところで被告の定款では組合からの脱退は書面によることと定められているが、原告はその後において脱退届を被告に提出していないことが認められる。

原告は、まず原告が林崎漁協を通じて被告に貯金の払戻し請求をしたのにこれを拒否し、原告をして林崎漁協への仕入れ代金の返済をさせなかった昭和五三年七月の時点で被告を脱退しまたは除名がなされた旨主張が、被告が貯金の払戻し請求を拒否したことの認められないこと右認定のとおりであるのみならず、貯金の払戻し拒否と組合の脱退とは直接には関連するものでないというべきであるから右主張は理由がなく、次に、原告は、原告が組合費を不払いにした昭和五三年八月、そうでなくても被告が原告に対する残さい収集を行わなくなった昭和五四年六月に原告は組合を脱退しあるいは被告において原告を除名した旨主張するが、原告の被告に対する組合費の不払い、被告が原告に対する残さい収集業務を停止した事情は前記認定のとおりであり、右の各時点で原告が黙示的に被告を脱退し、あるいは被告においても原告を組合員として扱わなくなり原告について除名を行ったものと同視すべきであると解することもできない。

五  被告が本訴において原告に対する組合費債権及び残さい収集料債権をもって原告の本訴請求貯金債権と相殺する旨意思表示をしたことは一件記録により明らかである。

そうすると、弁済充当に関する民法の規定により、最も弁済期の早い本件(一)の定期貯金の元利金一一万七三八四円及び次に弁済期の到来した本件(二)の定期貯金の元利金一一万〇〇四一円の内金三万七一一六円はまず被告の有する残さい収集料債権金一五万四五〇〇円との相殺により消滅し、本件(二)の定期貯金の残元利金七万二九二五円、及び本件(三)の普通貯金金二一七万円のうち金一八四万七〇七五円は被告が有する組合費債権金一九二万円との相殺により消滅し、結局原告は被告に対し、本件(三)の普通貯金残金三二万二九二五円及び本件(四)の普通貯金八五万八七〇三円を請求しうるものである。

六  よって、原告の本訴請求は金一一八万一六二八円と、内金三二万二九二五円(本件(三)の普通貯金残金)については昭和五九年一一月一四日(訴状送達の日の翌日)から、内金八五万八七〇三円については昭和六〇年一二月一七日(訴変更申立書送達の日の翌日)から各支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

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